Seed-種をまいた人-

ピョン太 今だと版権の問題があるからそんな簡単には作れないけど、当時は『スタートレック』っていうのはスタンダードなコンピューターゲームのルールとシナリオがあって、新しいコンピューターが出るたびに必ず移植されていたゲームなのね。

愛妻 昔の雑誌とかを調べていますと、市販された『スタートレック』のゲームが、その本を書いた人が載せた数だけでも、結構な数だったんですよ。

ピョン太 『スタートレック』は必ずあった。

愛妻 その中で、どれが一番デキが良いかという事を記事にしていましたけど……。『スタートレック』というのは、日本ではポピュラーなものだったんですか? 私が知っていて古いというのは、深夜帯のしか知らないんですが。深夜帯で放映していたのですか?

ピョン太 ううん、最初のは違う。オレが子供の頃は、アニメーションもやっていたし。凄くメジャーだったよ。オレが高校生ぐらいのときに夕方4時とかで再放送とかしていたし。だからファンとかは沢山いて、初期の頃のコンピューターが好きなやつはSF好きが多いから、『スタートレック』なんかはまさに良いテーマだったんだよね。で、その『スタートレック』のベーシックなゲームっていうのは、もの凄くコンピューターゲームとしてはポピュラーなゲームだった。誰もが遊び方がわかっていたし。毎回同じように遊べるんだけど、乱数で敵などが出てくるんで、いつでも何回でも楽しく遊べた。そんな感じで、当時遊べるゲームは『スタートレック』しか無かったから、それで徹夜するよね(笑)

愛妻 なるほど(笑)今の子供たちとゲームの遊び方が違うというのは、自分で遊びを考えるじゃないですか。例えば、プログラミングしてプログラムが出来た。んで、飽きた。じゃあどうしよかってなるんだけど、他にやるゲームがないから、なんかよくわからないけどBASICを勉強して、「ここをこう変えて、なんかスピードが速くなった」とか、そんな単純な”遊び”でも楽しめたじゃないですか、昔って。

ピョン太 それがダイレクトに出来るプログラムだったから、もちろんそういう”遊び”が楽しくてしょうがないし。例えばそのプログラムのある変数を変えると、全然自機が減らないとか、そのプログラムを作った人のコピーライトを変えるとか、そういう遊びでも喜んでいたんだよね。

愛妻 今は楽しめないじゃないですか。ガチガチに決まっていて、プロテクトも掛かっていて中身も見えない。それにプログラムを勉強しようと思う人はいても、実行するのにはハードルが高いと思うんですよ。今だと媒体がCD-ROMとかになっちゃって容量も大きくなっているし、言語自体もアセンブラとかC言語とか難しい言語になっちゃって、何が書いてあるかわからなくなっていますよね。何もプログラムを知らない人が覚えるための”きっかけ”というのが、今は少ないんじゃないかと思うんですよ。

ピョン太 完全にブラックボックスになっているからね。逆に言うと可愛そうだよね。

愛妻 そうですよね。

ピョン太 昔はマイコンを立ち上げたときにBASICが入っていて、直ぐにプログラミングができるマシンだったから(笑)今は、ペンティアムとか高性能なマシンが組める知識があったとしても、プログラミングをやろうとすると、それはもういきなりハードルが高いからね(笑)

愛妻 そうですね(笑)

ピョン太 BASICにしてもマシン語にしても、そんなにハードルが高くない時代だったなぁ。今は、開発用のツールを買うだけでも凄いお金が掛かっちゃって、そう考えると”プログラムをしよう”という志がある人じゃないと、出来ない仕組みになっちゃっているよね。プログラマーが増えて欲しいというのは、割とみんな希望としてあるんだけど、それを学べる手順がない。でも、最近見えてきたのがHTMLかな。ホームページを作るのにHTMLを学ぶとプログラム的な楽しみがあって、やっぱり基本的な楽しみというのでは、昔のBASICを楽しむというのと同じように、そういった簡単なものがないとハマれないよね。それが唯一、今感じられるのはHTMLかなって思っているんだけど。それからCGIで、画面が動いたりすれば、少しは8ビット時代に近いところで楽しめる要素はあるんだけど、そこまで気が付かせるのって、結構やっぱり大変でしょう?

愛妻 ええ(笑)

ピョン太 新しいユーザーに何か覚えて貰えるとしたら、やっぱりホームページ周りかなっていうのがあるね。

愛妻 ピョン太さんがパソコンとかでゲームを作ろうと思ったのは、もちろんゲームを作りたかったというのがあるんでしょうけど、組んでいて楽しかったというのもあるんですよね、きっと。

ピョン太 それはそうだよ。でも、”それ”しかなかったという良い環境なんだよね、要は。

愛妻 あ~、なるほど。

ピョン太 プログラムを組んで遊ぶしかコンピューターの使い道がなかったから。アプリケーションを立ち上げて、ワープロをやるなんていうのもなかったし、当然、最初のコンピューターにはワープロなんてないわけだし。

愛妻 そうですよね(笑)

ピョン太 髙橋が初めてワープロというのを触ったのは、月刊アスキーに載っていたワープロの特集で、88(PC-8801kのこと)とFM-8のワープロが載っていて、それもやっぱりテープサービスみたいな感じで売っていて、値段は忘れちゃったけど1万円しない簡易的なやつが載っていて、それを速攻で買って来て漬かってた。で、漢字プリンターというのもとても高くて……。

愛妻 昔は高かったですよね。

ピョン太 オレが買ったのは、漢字ROMが付いているやつで、16万円ぐらいかな(笑)

愛妻 たかーい(笑)

ピョン太 「オオ、スゲェ!20万円切った」とか喜んでいた時代で(笑)それも漢字は第1水準しか出なくて。そういう時代だったんで、ワープロも、そんな機能的なものじゃなくて、ワープロで1ページ目を書いて2ページ目に行くのに、ページ切り替えに3分ぐらいかかるし(笑)

愛妻 ははは(笑)

ピョン太 だからそんなにコンピューターっていうのは、実用性がなかったから、プログラミングで遊ぶしかないっていう感じ。

愛妻 なるほど~。ちなみに、コンピューターを知ったというのは、たまたま秋葉原の近くだっからとか、そういう事じゃないんですよね?

ピョン太 それもあるけど、やっぱり電気系のことが好きだったから。昔から電子工作とか好きで。

愛妻 高校は工業系だったんですか?

ピョン太 工業系だけど……建築科(笑)

愛妻 (笑) じゃあ、CAD/CAMみたいなものを……。

ピョン太 ないない(笑)

愛妻 そんなのないですか(笑)

ピョン太 ないない、時代的に。製図板とT定規で書いてた。少しプログラミングみたい授業も電気科にあったんだけど。それがオフィスコンピューターというか、ミニコン。ミニコンレベルだね、プログラムっていうのは。だからちょっと質が違う。でも、その頃からマイコンの存在は知っていたし、そういうのが好きだったから、それはそれでやりたいと思ってた。それでアキバが近かったし、アキバにも通っている内に、これで『インベーダーゲーム』が出来るかなって(笑)

愛妻 家でゲームが出来るというのは、夢のような話でしたよね。

ピョン太 もう、憧れ。

愛妻 憧れでしたよね。

ピョン太 それまでは確かに、ゲームセンター行ったりとか、デパートの屋上とかでゲームで遊んでいるし、『インベーダーゲーム』以前にも、電子系のデジタルゲームっていうのがあったじゃない。そういうのはやっぱり魅力的で、よく遊ぶわけだよね。で、よく遊んでいる中で、やっぱり家でもゲームセンターのゲームが出来るとなると、これはやっぱりやらざるをえない(笑)

愛妻 そうですよね(笑)

ピョン太 だから基本は先にゲームがあって、電子系が好きでデジタル系へ進んでいったら、プログラムをやるっていう方向へ行って、プログラミングをやるからには、そんな表計算ソフトみたいのを作っている場合じゃないっていう(笑)で、ゲームを作り始めたわけ。それがきっかけ。

愛妻 なるほど~。

ピョン太 で、アメリカでスタープログラマーっていうのが出てきたっていうのを知って、ちょっと商売してみようかなっと思ったとき、どこだけっかな? コンテストみたいのが始まった、というか応募が始まって、エニックスとかアスキーとかで……。

愛妻 ポニカとか。

ピョン太 まあ、ポニカとかもそうだけど。髙橋の作った『スパイ大作戦』はポニカから出たんだけど、あれってコンテストの前で、それと『スタートレック』を出した会社って言うのが通販専門の会社だったのよ(笑)

愛妻 はいはい(笑)

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